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遠い昔より、神々の宿る地とされている香具山、畝傍山、耳成山――飛鳥地方にある“大和三山”は、今なお万葉の時代と変わらぬ姿を見せている。朱花という色に魅せられた染色家の加夜子(大島葉子)は、地元PR紙の編集者の哲也(明川哲也)と長年一緒に暮らしているが、かつての同級生で木工作家の拓未(こみずとうた)と、いつしか愛し合うようになっていた。幸せなときを過ごすふたりだったが、加夜子が身ごもったことを機に、平穏な日常に変化が訪れる。拓未からの“言葉”を期待する加夜子、小さな命の訪れを待ち焦がれる拓未。そして加夜子に気持ちを打ち明けられても、変わらぬ愛で向き合おうとする哲也。大和三山を男女になぞらえ「一人の女を二人の男が奪い合う」。幾多の万葉歌に詠われているように、それは今も昔も変わることはないのか……。 |
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劇場映画デビュー作『萌の朱雀』で97年のカメラドールを、そして10年後の2007年には『殯の森』でグランプリを受賞。世界中の映画人の注目を集めるカンヌという国際舞台で、その作家性を認められ、育まれてきた河P直美。文字通り“カンヌの申し子”である河Pにとって、4度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門招待作品となった『朱花の月』。
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、アキ・カウリスマキら、カンヌ常連の強豪作家が集結したなか、『朱花の月』は、「命の危うさ、自然と人間との融合が見事に描かれている」、「河P直美の到達点」と称賛され、公式上映後は鳴り止まぬスタンディングオベーションで迎えられた。たとえ歴史に記録されることはなくても、確かにその命をまっとうした――そんな名もなき人々の想いは、世界に届けられた。
『玄牝-げんぴん-』に引き続き、自らカメラを回した河Pは、いにしえの時を彷彿させる飛鳥の風景、そして“朱花”色に秘められた強さと儚さを、濃密に16ミリフィルムに焼きつけた。 |
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遠い過去と未来をつなぐ主人公には、本作が長編映画の本格デビューとなるこみずとうたと、モデルとしても活躍する大島葉子(『ヘブンズ ストーリー』ほか)。これまでの河P作品同様、ふたりは撮影前から現地に入り、飛鳥という土地で暮らすことから役に入っていった。拓未の工房兼住まいや加夜子の家についてもどのような空間がふさわしいか、リフォームの段階からインテリアまで、美術担当の井上憲次との共同作業によって、場づくりは進められた。こうした作業を通して、ふたりは台詞に依らない人物像を自らに宿していった。哲也役の明川哲也はじめ、麿赤兒、樹木希林、西川のりお、山口美也子らの存在感も見逃せない。また、音楽は、WEB配信映像「美しき日本」でもコラボレーションしているハシケンが担当。生命の息遣いを伝え、交錯する過去と現在の男女の想いを見事に結びつけている。
編集監修には、『殯の森』に引き続きフランスのティナ・バズ(「ヤングヤクザ」)。そして加夜子の紅花染の指導は、古代の染色技術の復元を行う日本の染色界の第一人者・吉岡幸雄氏の協力を得ている。飛鳥地方を舞台に、万葉の時代から現代へと連なる、奈良の奥深い歴史を感じさせる映像世界。その原案は、奈良に縁のある直木賞作家の坂東真砂子氏によって描かれた。 |
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奈良市内から南へ約1時間。飛鳥を舞台にした『朱花の月』は、橿原・高市広域行政事務組合の橿原市、明日香村、高取町という三市町村の全面的なバックアップによって製作された。
拓未の工房が置かれた明日香村の栢森は、時の天皇が吉野への行幸の際に通った道が今も残る集落。多くの山村同様、過疎化が進むこの集落では、映画のシーンにもあるように、子孫繁盛を願い、村人の願いを託して、毎年一本の鯉のぼりを揚げ、その数は年ごとに増えている。遺跡の発掘現場は、いまだ多くが謎に包まれている藤原宮跡。拓未の祖父・久雄が、八木町(橿原市)から、加夜子の祖母に一目会うために歩く道は、日本三大山城のひとつ、高取城の城下町として栄えた高取町の土佐街道である。大和三山をはじめ、かつて天武・持統天皇が見たであろう飛鳥の風景は、カンヌでも大絶賛された映画のもう1つの主役といえるだろう。 |
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『朱花(はねづ)』とは
万葉集に登場する朱色の花。赤は血や太陽、炎を象徴する一方、もっとも褪せやすいがゆえに、貴重な色とされている。その褪せやすさに重なる人の世の無常や儚さを、タイトルに託している。 |
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